1808年~1873年
ナポレオン1世の甥で、1848年に第二共和政の大統領となる。
1851年にクーデタを起こして、翌年に皇帝となり第二帝政を始めた。
1870年、普仏戦争に敗れて退位した。
第二帝政(だいにていせい)
1852年~1870年
ルイ=ナポレオンがナポレオン3世として皇帝となり、退位するまで。
フランスの第二共和政と第三共和政の間になる。
1860年までを権威主義的な権威帝政といい、それ以降を自由主義的な自由帝政という。
イギリスと協調する一方で、対外戦争を繰り返した。
幕末の日本では江戸幕府を支援した。
第二帝政のときの戦争
クリミア戦争(1853年~1856年) イギリスとともにオスマン帝国を支援してロシアと戦って勝利。
アロー戦争(1856年~1860年) イギリスとともに清と戦って勝利。
イタリア統一戦争(1859年) イタリア側でオーストリアと戦ったが途中で講和。
インドシナ出兵(1858年~1867年) スペインとともにベトナム南部を侵略。
メキシコ遠征(1861年~1867年) オーストリア皇帝の弟のマクシミリアンをメキシコ皇帝としたが失敗。
普仏戦争(プロイセン=フランス戦争、1870年~1871年) ナポレオン3世が捕虜となり、第二帝政が終了する切っ掛けとなる。
臨時政府
1870年に第二帝政が終了すると臨時国防政府が樹立し、翌年にドイツと休戦条約を結んだ。
選挙の結果を受けて臨時政府が成立し、ティエールが行政長官となった。
パリ=コミューン
普仏戦争後の一時期、パリにできた労働者階級による革命政権。
臨時政府に対してパリ市民が蜂起して、1871年3月に成立した。
パリの各区から選ばれた代議員によるコミューンが政治を行なった。
5月の「血の週間」で臨時政府が勝利したことで、崩壊した。
第三共和政(だいさんきょうわせい)
1871年~1940年
普仏戦争の後から第二次世界大戦でドイツに攻められるまで。
第二帝政とヴィシー政府の間になる。
ティエールが初代大統領となった。
1875年に第三共和政憲法が成立した。
当初はドイツによるビスマルク体制により国際的に孤立していた。
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