17世紀、ロシアはシベリアを東進してオホーツク海に達した。
17世紀末にカムチャツカ半島に至り、18世紀初めにはロシア領とした。
18世紀には千島列島や樺太を南下した。
また、1741年にはベーリングが北米のアラスカに渡ってロシアの領土ととした。
(アラスカは1867年にアメリカ合衆国へと売却された。)
蘭学(らんがく)
江戸時代にオランダ語を通じて学ばれた学問。
8代将軍徳川吉宗による実学の奨励によって発展した。
オランダ語の翻訳に始まり、西洋の知識や医学などの学問を学んだ。
『解体新書』(かいたいしんしょ)
江戸時代に翻訳された医学書。
1774年、オランダ語で書かれた『ターヘル・アナトミア』を、蘭学者で医者の杉田玄白(すぎたげんぱく)や蘭学者の前野良沢(まえのりょたく)らが日本語に訳した。
田沼意次(たぬまおきつぐ)
1719年~1788年
10代将軍徳川家治(とくがわいえはる)のときの側用人・老中。
1780年代には工藤平助の『赤蝦夷風説考』(あかえぞふうせつこう)を受けて、蝦夷地の開発やロシアとの交易が計画された。
1785年には最上徳内(もがみとくない)らに蝦夷地や千島を調査させた。
1786年に徳川家治が病死すると田沼意次も失脚し、これらの計画は止まった。
寛政の改革(かんせいのかいかく)
1787年~1793年
11代将軍徳川家斉(とくがわいえなり)のときに、老中の松平定信(まつだいらさだのぶ)が実施した幕政改革。
1791年までに林子平(はやししへい)が『海国兵談』(かいこくへいだん)でロシアの南下について警告したが、幕府は弾圧した。
ラクスマンの来航に対応した。
大黒屋光太夫(だいこくやこうだゆう)
1751年~1828年
伊勢国(三重県)の船頭。
1782年、伊勢から江戸へ向かう途中、遭難してアリューシャン列島に漂着した。
ロシア人に助けられ、ロシアのペテルブルクに行ってエカチェリーナ2世に謁見した。
1792年、ラクスマンによって日本へ送られた。
エカチェリーナ2世
1729年~1796年
在位:1762年~1796年
ロシア帝国の女帝。
ドイツの貴族の出身で、ロシア皇帝ピョートル3世の皇后となったが夫から帝位を奪った。
オスマン帝国への南下政策でクリミアに進出し、ヨーロッパ側ではポーランド分割を実施した。
東方では千島を南下するなどし、日本にラクスマンを派遣した。
ラクスマン
1766年~1806年
ロシアの軍人。
1792年、エカチェリーナ2世の使節として根室に来航。
大黒屋光太夫の帰国を名目とした。
松前で交渉し、通商は拒否されたが長崎への入港許可証を得た。
択捉島(えとろふとう)
千島列島南部の島。
千島列島で最大の島でもある。
1786年、最上徳内(もがみとくない)が探検し、進出していたロシア人と接触した。
1798年、近藤重蔵(こんどうじゅうぞう)が「大日本恵登呂府」(だいにほんえとろふ)の標柱を立てた。
1854年、日露和親条約で日本領となった。
蝦夷地直轄(えぞちちょっかつ)
江戸時代、蝦夷地(北海道)は松前藩が支配していた。
ロシアが南下してくると、江戸幕府は1799年に東蝦夷地を仮に直轄化し、1802年に蝦夷奉行(後に箱館奉行)を置いて完全に直轄化した。
1807年には西蝦夷地も幕府の直轄とし、箱館奉行を松前奉行とした。
1821年、蝦夷地の大部分を松前藩に返した。
1854年に日米和親条約が結ばれて箱館が開港されることとなると、翌年に再び幕府の直轄となった。
このときには箱館奉行が再設置されて蝦夷地を管轄した。
レザノフ
1764年~1807年
ロシアの外交官、実業家。
1799年に露米会社(ろべいかいしゃ)(ロシア・アメリカ会社)を設立して、その総支配人となった。
露米会社でロシア領のアラスカを統治し、さらに北アメリカ大陸西岸のスペイン領に進出しようとした。
太平洋北部の交易の一環として、日本の開国を試みようとロシアの世界周航の艦隊に加わった。
1804年、遣日使節として日本人漂流民を伴い、ラクスマンが得た長崎入港許可証を用いて長崎に来航した。
江戸幕府に通商を拒否されると、1806年に樺太や択捉島など攻撃させた。
蛮書和解御用(ばんしょわげごよう)
江戸幕府でオランダ語の学術書をを翻訳した機関。
1811年、天文方に設置された。
蛮書(蕃書)は江戸時代に外国の書物のことをいい、特にオランダのもの、次いで欧米のものをいうようになった。
幕末に天文方から独立して拡充され、欧米の言語や学問を扱う洋学所、蕃書調所となった。
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