1804年~1878年
アメリカの外交官。
1856年、初代駐日総領事として下田に着任した。
1857年に下田条約、翌1858年に日米修好通商条約を締結した。
天津条約(てんしんじょうやく)
アロー戦争(第二次アヘン戦争)の最中に結ばれた条約。
1858年に中国の清がロシア、アメリカ、イギリス、フランスと結んだ。
日本と列強との条約交渉にも影響を与えた。
日米修好通商条約(にちべいしゅうこうつうしょうじょうやく)
ハリスが江戸幕府と交渉して結んだ条約。
1858年に神奈川で締結。
日本が不利な不平等条約だった。
以下の内容などが定められた。
・箱館の他に神奈川、長崎、新潟、兵庫の開港。
(実際には神奈川でなく横浜、兵庫ではなく神戸が開港されることとなった。また、下田は閉港となった。)
・江戸、大坂の開市(日本と外国の商人が商取引することが許された。)。
・外国人の居留地の設定。
・自由貿易。
・領事裁判権の設定。
・協定関税(関税自主権を失う。)。
安政の五ヵ国条約(あんせいのごかこくじょうやく)
1858年に江戸幕府が5ヵ国と締結した修好通商条約の総称。
日米修好通商条約に続いて、オランダ・ロシア・イギリス・フランスと結ぶこととなった。
主な内容は日米修好通商条約と同様で不平等条約だった。
居留地(きょりゅうち)
外国人の居住や営業を認めた特定の地域。
日本では1859年に横浜と長崎で認められ、開港や開市の都市に広げられた。
1899年のに廃止された。
領事裁判権(りょうじさいばんけん)
治外法権(外国人が滞在国の裁判権などに服さない権利)の一種。
外国人が日本の法ではなく、自国の法律で自国の外交官である領事によって裁かれる。
明治時代には領事裁判権の撤廃のための条約改正が進められた。
関税自主権(かんぜいじしゅけん)
他国に干渉されることなく自国で関税率を決定できる権利。
関税自主権を失った日本は、相談によって関税率を決める協定関税となった。
貿易章程(ぼうえきしょうてい)で日本のみ不利な取り決めがされた。
輸出入品
主な輸出品は生糸(きいと)だった。
生糸は蚕(かいこ)から取った絹糸のこと。
蚕の卵を紙に産み付けさせた蚕卵紙(さんらんし)も輸出された。
一時期は茶も輸出された。
主な輸入品は綿織物や毛織物だった。
咸臨丸(かんりんまる)
江戸幕府がオランダから買った軍艦。
1860年に日米修好通商条約の批准書を交換するための使節に随行した。
このときの艦長は勝海舟(かつかいしゅう)で、太平洋を横断した。
南北戦争(なんぼくせんそう)
1861年~1865年
アメリカで起きた内戦。
この対応のためアメリカは日本への外交的な働きかけが減り、貿易も積極的でなくなった。
かわってイギリスとフランスの日本への関与が増した。
南北戦争後は余った武器がアメリカから日本へと売られた。
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